これは架空の部屋と架空の人物を描いた創作短編です。
午前零時になると、地図帳に新しい部屋が増える。
その地図帳は、古い本棚の奥にあった。表紙には何も書かれていない。町の地図でも、国の地図でもなく、開くと見開きいっぱいに私の部屋だけが描かれていた。
机の位置、窓の形、壁にかけた小さな鏡。引き出しをひとつ開けたままにしておくと、翌日にはその隙間まで細く描き足されている。私は最初、よくできたいたずらだと思った。
けれど、部屋には私しかいなかった。
一日目の午前零時、寝る前に地図帳を開くと、見開きの右端に小さな四角が増えていた。扉のない、窓のない部屋だった。私の部屋とは壁一枚でつながっているように見えるのに、実際の壁を叩いても硬い音が返るだけだった。
次の夜には、その隣にもうひとつ部屋が増えた。
三日目には短い廊下が描かれ、四日目には廊下の先に細い階段が生えた。どれも知らない場所だった。地図帳の中ではすぐ近くにあるのに、私の部屋のどこにも入口はない。
私は増えた部屋に印をつけることにした。
最初の四角には、赤い鉛筆で一、と書いた。次の部屋には二。廊下には線を引き、階段の横には小さく「上」と書いた。自分が管理していると思えば、少しは落ち着ける気がした。
翌朝、赤い印は消えていた。
かわりに、最初の部屋の床に小さな丸が描かれていた。私がつけたものではない。丸は机の下に落ちたボタンほどの大きさで、黒く塗りつぶされていた。
その日の夕方、机の下から黒いボタンが見つかった。
持っている服のどれにも合わないボタンだった。捨てようとして、私は手を止めた。地図帳を開くと、最初の部屋の丸は消えていた。そこには代わりに、私の部屋の机の下へ向かう細い点線が描かれていた。
地図帳は、部屋を描いているのではない。
どこかの部屋から、こちらへ来る道を描いている。
そう思ってから、私は午前零時を待てなくなった。電気を消さず、地図帳を机に広げたまま座った。時計の数字が変わる瞬間、紙の上で何かが静かにこすれる音がした。
新しい部屋が増えていた。
今度の部屋には、机が描かれていた。机の上には、開いた地図帳がある。その地図帳の中にもまた部屋があり、さらにその奥にも小さな四角が続いている。紙の上の紙の上で、部屋だけがいくつも重なっていた。
私は息を止めて、自分の机を見た。
広げていた地図帳の余白に、いつの間にか細い線が一本引かれていた。線は見開きの端から伸び、私の部屋の入口の前で止まっている。
玄関ではなかった。
押し入れの前だった。
私は押し入れを開けなかった。朝まで椅子に座り、紙の上の線だけを見ていた。夜明け近く、線は少しずつ薄くなり、地図帳の白に戻った。
それから毎晩、知らない部屋は増えている。
私はもう印をつけない。数えれば、その数だけこちらに近づいてくる気がするからだ。地図帳は本棚へ戻しても、机の引き出しへしまっても、午前零時には必ず開いた状態で見つかる。
昨夜増えた部屋には、何も描かれていなかった。
床も壁も窓もなく、ただ白い四角だけがあった。けれど四角の中央に、黒い点がひとつ置かれていた。私はそれがボタンではないことを、見た瞬間に分かった。
点は、こちらを見ている目のようだった。
今夜も午前零時が近い。
地図帳は机の上で開いている。知らない部屋は見開きの端まで増え、もう余白はほとんど残っていない。次に描き足される場所があるとしたら、紙の外しかない。
私は押し入れの前に座っている。
中から、紙をめくる音がする。