これは架空の場所と架空の人物を描いた創作短編です。
小さな展示室は、園のいちばん奥にあった。
園といっても、遊具も売店もほとんどなく、細い道と低い植え込みだけが続く場所だった。私はそこで閉園後の見回りをしている。落とし物を拾い、鍵を確認し、展示室の湿度計を見て、最後に灯りを落とす。それだけの仕事だった。
展示室には、絵が七枚掛かっていた。
どれも知らない風景だった。白い丘、灰色の川、窓のない家、雲だけが低く垂れた道。題名の札はあるが、作者名はない。入口の横には、何も入っていない額縁が一つ掛かっていた。木製の古い額で、ガラスも台紙もなく、壁の白さだけを四角く囲んでいる。
最初に気づいたのは、雨の日だった。
閉園後、展示室へ入ると、空の額縁が入口の横になかった。かわりに、奥の壁へ掛かっていた。額縁の中には、やはり何もない。白い壁が見えるだけだ。私は脚立を出し、元の場所へ戻そうとしたが、釘の跡が見当たらなかった。
入口の横の壁は、最初から何も掛かっていなかったように滑らかだった。
翌晩、額縁は別の壁に移っていた。
窓のない家の絵の隣だった。私は管理用の紙に「空額、移動」とだけ書いた。誰かがいたずらをしているなら、防犯灯の前を通るはずだ。だが録画には、閉園後の展示室へ入る人影はなかった。鍵も閉まっていた。
三日目、額縁は灰色の川の絵の下にあった。
その位置は不自然だった。床に近すぎて、かがまなければ中を見られない。私は膝をつき、額縁の中をのぞいた。白い壁があるだけだった。ただ、壁紙の細かな凹凸の奥に、薄い線が見えた。
線は、川の流れに似ていた。
私は指で触れようとして、やめた。額縁の中だけ、壁が少し冷たく見えたからだ。
それから私は、額縁の位置を毎晩記録した。
白い丘の左。低い道の正面。照明スイッチの下。何もない柱の裏側。額縁は、展示された絵の説明をするようには動かなかった。むしろ、絵ではない場所を選んでいるようだった。人が見落とす壁、掃除のときにも目を向けない角、閉園後の暗さに紛れてしまう余白。
一週間目の夜、額縁は出口の真上に掛かっていた。
私は鍵束を握ったまま立ち止まった。出口の扉はいつもどおり閉まっている。額縁の中には、扉の上の白い壁が収まっているだけだ。けれど、その白さが少しずつ奥へ沈んでいくように見えた。
近づくと、額縁の中に小さな暗がりができていた。
暗がりは穴ではなかった。触れれば壁がある。だが目で見ると、そこだけが遠い。四角い枠の向こうに、別の展示室の奥行きがあるようだった。私は懐中電灯を向けた。光は壁に当たったのに、額縁の中の暗がりだけは明るくならなかった。
その夜、私は額縁を外さなかった。
翌朝、開園前に見に行くと、額縁は入口の横へ戻っていた。最初にあったはずの場所だ。今度は釘の跡もあった。ずっとそこに掛かっていたと言われれば、そう見える。
ただ、展示室の絵が一枚足りなかった。
窓のない家の絵が消えていた。壁には日焼けの跡も、札の跡もない。台帳を開くと、絵は最初から六枚だった。私が七枚と数えた記録だけが、昨日までの欄に残っている。
私はその日から、額縁ではなく絵を数えるようになった。
六枚は五枚になり、五枚は四枚になった。白い丘が消え、灰色の川が消え、低い道が消えた。誰も騒がなかった。台帳は毎朝、最初からその枚数だったことになっている。残るのは、私が夜に書いた数字と、額縁の位置だけだった。
最後に残った絵は、雲の低い道だった。
その晩、空の額縁は絵の隣ではなく、向かいの白い壁に掛かっていた。私は額縁の前に立った。中には何もない。だが、額縁越しに向かいの絵を見ると、道の奥に小さな展示室が見えた。
そこには、絵が七枚掛かっていた。
入口の横に空の額縁があり、その前に見回りの服を着た人影が立っている。顔は見えない。けれど、その人影が手にしている鍵束の形を、私はよく知っていた。
私は目を離した。
展示室の灯りが一つ消えた。次に、出口の表示灯が消えた。残った雲の低い道の絵から、遠くの足音だけが聞こえた。誰かがこちらへ歩いてくる音ではない。こちらから、向こうへ歩いていく音だった。
私は鍵をかけなければならないと思った。
いつものように出口へ向かったが、扉の上に空の額縁が掛かっていた。中には白い壁ではなく、閉園後の小さな展示室が見える。絵は七枚。入口の横の額縁は空で、見回りの服を着た人影が、こちらに背を向けている。
その人影が、ゆっくり振り返ろうとした。
私は反射的に額縁を外した。重さはほとんどなかった。木の枠だけのはずなのに、腕の中で、遠くの部屋の空気が揺れた。壁には、もう出口がなかった。
翌朝、展示室には絵が七枚掛かっていた。
入口の横には、何も入っていない額縁が一つある。台帳にも異常はない。ただ、閉園後の見回りについてだけ、担当者欄が空白になっていた。
その日から、額縁は毎晩別の壁に掛かっている。
誰が動かしているのかは、まだ記録されていない。