これは、実在しない町と写真館を舞台にした創作短編です。
その写真館では、閉店後に店内を一枚撮る決まりがあった。
戸締まりを終えた証拠として、入口から受付と撮影室を写す。翌朝、店主が画像を確かめれば、それで終わりだ。
閉店作業を任されて三日目の夜、私はいつもの位置に立ち、照明を落とす前の店内を撮った。
受付台。三脚。白い背景布。壁に並ぶ見本写真。どこにも人はいない。
カメラを鞄にしまおうとしたとき、受付台の上に一枚の写真があることに気づいた。
灰色がかった紙の写真だった。縁は波打ち、たった今まで水に浸されていたように湿っている。
写っているのは、いま私が撮ったばかりの店内だった。
ただし、受付の時計が示す時刻は、現在より十分遅い。
写真の中の店は真っ暗で、撮影室の背景布だけが半分開いていた。
私は実際の背景布を見た。端まできちんと閉じている。時計の針も、写真の時刻にはまだ届いていない。
誰かのいたずらだと思い、写真を引き出しに入れた。十分待つ気にはなれず、背景布の両端を留め、すぐに店を出た。
翌朝、背景布は半分開いていた。
引き出しの写真は消えていた。
代わりに、壁の見本写真が一枚増えていた。家族写真や記念写真のいちばん端に、昨夜の暗い店内が収まっている。
店主に尋ねると、そんな写真は飾っていないと言った。
けれど、壁から外してもらおうとすると、店主は首をかしげた。
「どの写真のことですか」
店主の目は、確かにその写真の上を通り過ぎていた。
二日目の閉店後、受付台には二枚目が置かれていた。
時計は前夜より、さらに十分先を示している。
背景布は大きく開き、その奥の丸椅子が受付のほうを向いていた。椅子の座面には、白い手袋が一組そろえて置かれている。
私は撮影室を確かめた。椅子は壁を向き、手袋などなかった。
写真を伏せ、椅子を隣の倉庫へ運んだ。白い背景布は紐で縛った。
翌朝、椅子は撮影室に戻り、受付を向いていた。
座面には白い手袋があった。
壁の端には、二枚目の写真が増えていた。
その夜から、私は時計が写真の時刻になるまで店に残ることにした。
三枚目の写真では、丸椅子に誰かが座っていた。
頭から黒い布をかぶり、両手には白い手袋をはめている。顔も体も見えない。膝の上には古い写真機が載っていた。
写真の時刻まで、あと十分。
私は入口の鍵を開けたまま、撮影室の前に立った。背景布は動かない。丸椅子には誰もいない。
あと一分になったとき、店内の照明が一度だけ明滅した。
背景布の向こうで、木の床がきしんだ。
私は入口へ走った。
その瞬間、撮影室から白い光が弾けた。
振り返ると、布も椅子も元のままだった。誰もいない。受付の時計だけが、三枚目の写真と同じ時刻を示していた。
翌朝、壁に三枚目が増えていた。
よく見ると、黒い布をかぶった人物の手には写真があった。
その小さな写真の中には、入口へ走る私の後ろ姿が写っていた。
四日目、店主に頼んで閉店作業を代わってもらった。私は何も説明せず、明るいうちに帰った。
それでも夜になると、気になって眠れなかった。
店主が写真の中に座らされていたらどうしよう。そう考え、閉店時刻を過ぎてから写真館へ戻った。
入口には鍵がかかっていた。店内は暗い。
ガラス越しに見ると、壁の見本写真が四枚増えていた。
一枚目には半分開いた背景布。
二枚目には白い手袋を載せた椅子。
三枚目には黒い布の人物。
そして四枚目には、店の外からガラスをのぞき込む私が写っていた。
写真の中で、私のすぐ後ろに店主が立っている。
現実の背後から、鍵を回す音がした。
「遅かったですね」
店主の声だった。
振り返る前に、ガラスの中が白く光った。
翌朝、写真館の壁に新しい見本写真が一枚増えていた。
閉店後の店内で、受付台の前に店主が立っている。その隣には私がいる。二人ともまっすぐ正面を向き、両手に白い手袋をはめていた。
写真の端では、黒い布をかぶった誰かが、次の一枚を現像していた。
その写真を見つけた新しい店員は、不思議そうに枚数を数えた。
昨日より、一枚多い。